BitTorrentにおけるUNCHOKE通信と著作権侵害の成否 ——東京地判令和6年2月21日(令和4年(ワ)第1538号)を素材として——
BitTorrentにおけるUNCHOKE通信と著作権侵害の成否
——東京地判令和6年2月21日(令和4年(ワ)第1538号)を素材として—— 【要 旨】
本稿は、東京地方裁判所令和6年2月21日判決(令和4年(ワ)第1538号)を検討の素材として、ファイル共有ソフトウェアBitTorrentにおけるUNCHOKE通信が、著作権法上の「送信可能化」(著作権法2条1項9号の5)に該当するか否か、およびプロバイダ責任制限法(令和3年改正後)5条1項に基づく発信者情報開示請求の可否について分析するものである。裁判所は、UNCHOKE通信それ自体が著作権法2条1項9号の5のイ又はロに該当する行為とはいえないと判示し、原告の請求を棄却した。本稿は、この判断の射程と実務的含意を考察する。 第一 はじめに
インターネット上における著作権侵害は、デジタルコンテンツの普及とともに深刻な社会問題となっている。特に、ピアツーピア(P2P)型のファイル共有ネットワークを利用した無断配布は、権利者にとって看過できない損害をもたらす。
こうした状況に対処するため、権利者はプロバイダ責任制限法(以下「プロバ責法」という。)に基づく発信者情報開示請求を活用し、侵害者の特定を試みてきた。令和3年の同法改正(令和3年法律第27号)は、この手続を一層整備したものであるが、開示請求の成否は依然として「侵害情報の流通による権利侵害の明白性」という実体的要件の充足にかかっている。
本稿が検討の対象とする東京地判令和6年2月21日(以下「本判決」という。)は、BitTorrentにおける特定の通信フェーズ——UNCHOKE通信——のみを捕捉した調査結果に基づく開示請求について、著作権法上の「送信可能化」の成否の観点から判断を示したものである。本判決は、UNCHOKE通信が著作権法2条1項9号の5のイ又はロに該当しないとして原告の請求を棄却しており、P2P型著作権侵害の立証方法に重要な示唆を与える。「開示される可能性が高い」類型ではあるものの、証拠がUNCHOKE通信止まりなら争える余地があることを示すものといえる。
第二 事案の概要
一 当事者と請求の内容
原告は、ビデオソフト・DVDビデオソフトの制作・販売等を目的とする株式会社であり、本件各動画の著作者として著作権(公衆送信権)を有する。被告は、インターネット接続サービスを提供するアクセスプロバイダである。
原告は、氏名不詳者(以下「本件各発信者」という。)がBitTorrentを使用して本件各動画のデータを送信可能化状態に置いたことが原告の公衆送信権を侵害するとして、プロバ責法5条1項に基づき、被告に対し発信者情報の開示を請求した。
二 BitTorrentの仕組みと本件調査
BitTorrentは、ピアツーピア形式のファイル共有プロトコルであり、対象ファイルを小さなデータ単位(ピース)に分割し、多数のピアが分散してデータを保有・送受信する仕組みである。ファイルをダウンロードする過程では、以下の通信シーケンスが順次行われる。
(1) HANDSHAKE:相手がBitTorrentネットワークのピアであることの確認
(2) ACK:接続完了の通知
(3) BITFIELD:互いが対象ファイルのどの部分を保有しているかの確認
(4) INTERESTED:相手方ピアのファイルへの関心の通知
(5) UNCHOKE:アップロード可能状態の通知(←本件の調査が捕捉した通信)
(6) REQUEST:ダウンロード要求
(7) データ送信(実際のアップロード) 原告が依頼した調査会社(株式会社HDR)は、独自開発のソフトウェアを用いてBitTorrentネットワークを監視し、本件各動画のファイルを保有するピアからUNCHOKE通信を受信した時点でそのIPアドレス及び送信元ポート番号をデータベースに登録した。原告はこの調査結果(以下「本件調査結果」という。)に基づき発信者情報の開示を求めた。
三 主な争点
本件における主な争点は以下のとおりであったが、裁判所は争点4から判断し、他の争点については判断を示さなかった。
争点1:本件各通信がUNCHOKE通信であるといえるか(調査の信頼性)
争点2:本件各通信がプロバ責法2条1号の「特定電気通信」に当たるか
争点3:本件各発信者が同法2条4号の「発信者」に当たるか
争点4:同法5条1項1号の「侵害情報の流通によって権利が侵害されたことが明らか」といえるか
第三 裁判所の判断
一 判断の構造
裁判所は、争点4(権利侵害の明白性)を先決問題として取り上げ、これを否定することで請求を棄却した。その論理構造は以下のとおりである。UNCHOKE(アンチョーク)通信は、「実際にデータを送った通信」ではなく、「送ってもいい状態にしましたよ」という合図にすぎないと判断したものといえる。
まず裁判所は、プロバ責法5条1項1号の要件として、開示請求に係る「侵害情報の流通」によって権利侵害が生じたことの明白性が必要であることを確認した。本件では、原告がUNCHOKE通信を侵害情報の送信と位置づけていることから、UNCHOKE通信による情報流通によって公衆送信権が侵害されたことが明らかといえる必要があるとした。
二 送信可能化の解釈
著作権法2条1項9号の5は、「送信可能化」を「次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすること」と定義し、イ号(公衆送信用記録媒体への情報の記録等)およびロ号(情報が記録された自動公衆送信装置の公衆回線への接続)の2類型を列挙している。
裁判所は、最高裁平成23年1月18日第三小法廷判決(民集65巻1号121頁)を引用しつつ、「送信可能化」の規制趣旨が現実の自動公衆送信に至る前の準備段階の行為を規制することにあることを確認した上で、「送信可能化」に当たるのはイ号またはロ号に列挙された行為に限られると解するのが相当であるとした。
そして、「ある行為により自動公衆送信し得るようにされた著作物について、別途、著作権法2条1項9号の5のイ又はロに該当する行為がされたときに再び『送信可能化』に該当する行為がされたといえる」との解釈を示した。
三 UNCHOKE通信に関する判断
裁判所は、本件調査の仕組みを前提とすると、UNCHOKE通信が行われる時点より前に、既に本件各動画のファイルの少なくとも一部が当該ピアに複製・記録された上でBitTorrentネットワークに接続され、他のピアへの自動公衆送信が可能な状態(送信可能化状態)が生じていたことを認めた。
しかし、UNCHOKE通信がされた時点において、本件各動画についてイ号またはロ号に該当する「更なる」行為が行われたとは認められないとした。すなわち、UNCHOKE通信は既に完成した送信可能化状態の存在を告知するにとどまり、それ自体が新たな送信可能化行為を構成するものではないと判断した。
加えて、裁判所は、プロバ責法5条3項が定める「侵害関連通信」に係る施行規則においても、UNCHOKE通信に相当する通信は規定されていないこと、またUNCHOKE通信の時点において調査会社の端末に対してファイルのピースが実際に送信(自動公衆送信)されているともいえないことを補足的に指摘した。
第四 検討
一 本判決の法的論理の評価
本判決の判断は、著作権法上の送信可能化の定義規定の文言と立法趣旨に忠実なものといえる。著作権法2条1項9号の5は、イ号(記録媒体への情報の記録等)とロ号(公衆回線への接続)という具体的な行為類型を網羅的に列挙しており、これらに該当しない行為をもって「送信可能化」とすることは、文理解釈の限界を超える。
また、最高裁平成23年判決の示した「準備段階の行為の規制」という趣旨からすれば、送信可能化の成立時点は、イ号またはロ号に該当する特定の行為時点に求めるべきことになる。UNCHOKE通信は、既に完成した送信可能化状態の存在を事後的に告知するものにすぎず、これをもって新たな準備段階の行為と構成することは困難である。
この意味で、本判決の結論は条文解釈として首肯できるものであり、類似事案に対する先例としての意義を有する。
二 調査方法の限界と実務的課題
本件敗訴の根本的原因は、調査会社のソフトウェアがUNCHOKE通信の段階でのみ侵害者を特定する仕組みになっており、実際のデータ送受信(REQUEST通信以降)の段階を捕捉していなかった点にある。
著作権侵害の立証という観点からは、少なくとも以下のいずれかの段階を証拠化することが必要と考えられる。第一に、対象ファイルを自己の端末に記録してBitTorrentクライアントを起動した時点(ロ号該当行為)、第二に、実際にファイルのピースを他のピアにアップロードした時点(自動公衆送信の実施)である。
UNCHOKE通信は通信シーケンス上、アップロード可能状態の「通知」にとどまり、それ自体が著作物の送信を構成しない。実務上は、調査ソフトウェアの仕様を見直し、実際のデータ送信(アップロード)を捕捉する手法を採用することが不可欠となろう。
三 プロバ責法上の「侵害関連通信」との関係
令和3年改正プロバ責法は、権利侵害情報の流通に関連する通信(侵害関連通信)についても発信者情報の開示を可能とする制度を設けた(同法5条3項)。しかし、裁判所が指摘するとおり、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則(総務省令)においてUNCHOKE通信に相当する通信は侵害関連通信として規定されていない。
この点は立法論的な問題を提起する。P2P型著作権侵害の文脈では、実際の送信行為に先立つ「アップロード可能状態の通知」通信も、侵害の蓋然性という観点からは無視できない。侵害関連通信の範囲を施行規則においてどこまで拡張するかは、プライバシー保護と権利者保護のバランスの中で慎重に検討されるべき政策課題である。
四 著作物の「表現上の本質的特徴の感得」要件との関係
本件では被告側から、送信可能化が成立するためには、自動公衆送信の対象となる情報によって著作物の「表現上の本質的特徴を直接感得」できることを要するとの主張もなされた。
裁判所は争点4の判断においてこの点を明示的に採否していないが、P2P型ファイル共有では、各ピアが保有する「ピース」は著作物全体の断片にすぎず、単一のピースのみでは著作物の本質的特徴を感得できない場合も多い。この問題は、共同侵害論を含めた理論的な深化が今後必要とされる領域である。
第五 結語
本判決は、BitTorrentにおける特定の通信フェーズ(UNCHOKE通信)のみを捕捉した調査結果に基づく発信者情報開示請求を、著作権法上の「送信可能化」の成否の観点から否定したものである。その法的論理は条文解釈として妥当であり、同種事案に対する重要な先例としての意義を有する。
権利者および調査会社にとっての実践的な含意は明確である。UNCHOKE通信の段階にとどまらず、(a)実際のファイルのピースの送受信(REQUEST通信以降)、または(b)ロ号に該当するBitTorrentクライアントの起動・ネットワーク接続という送信可能化行為そのものを証拠化することが、プロバ責法上の発信者情報開示請求を認容させるための不可欠な要件となる。
立法論的には、P2P型著作権侵害の特殊性に鑑み、侵害関連通信の範囲を施行規則において整備することの要否を再検討することが望まれる。BitTorrentを利用した著作権侵害への実効的対処には、技術的・法的な両面からのアプローチの高度化が求められるところである。
BitTorrent事件では開示が認められることも多いですが、相手方の証拠が「実際にデータを送った」というものではなく、「送信できます」という通知通信だけにとどまる場合には、発信者情報開示が否定された裁判例があります。したがって、意見照会書や調査報告書を確認し、相手方がどの通信を根拠にしているかを見極める必要があるとした点で実務上の意義があるように思われる。 参考文献・判例
東京地方裁判所判決・令和6年2月21日(令和4年(ワ)第1538号)
最高裁判所第三小法廷判決・平成23年1月18日、民集65巻1号121頁
著作権法(昭和45年法律第48号)
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(令和3年法律第27号による改正後のもの)
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律施行規則