コラム

1 従来の発信者情報開示制度

ネット上の誹謗中傷は匿名でなされることが多いとされています。そのため、誹謗中傷の発信者に損害賠償をしたり刑事告訴をしたりするためには、発信者の住所・氏名を特定される必要があります。しかし、発信者情報は通信の秘密に含まれますし、時間的な制限もあります。これら利益対立の調整を図ったのがいわゆるプロ責法である。

2 要件

要件をみると、①開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が明らかであるとき、②損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき―である。(5条1項)

3 多くの手続きが必要

誹謗中傷がX(旧ツイッター)にされたとすると、Xに開示請求をすることいなるわけであるが、Xは通常は発信者の住所・氏名の情報を保持していないという状況といわれています。
そのため、IPアドレスとタイムスタンプ、場合により投稿者の電話番号であるを明らかにしてもらうということになります。(二段階認証の場合)。
2020年改正法では、携帯番号の開示が認められたため、弁護士会照会で照会することもあり得るようになり、加害者側を見つけられやすくなったという状況にあると考えられます。
もっとも、IPアドレスとタイムスタンプだけでは、直ちに発信者にたどり着くことはできません。二段階認証でないSNS等の場合、携帯電話の開示も受けられません。
そこで、IPアドレスをたどって、接続プロバイダに2つの情報を示して、二番目の開示請求をして、ようやく発信者の住所・氏名が判明するという構造になっています。

4 複数の裁判が必要と見られること

これらの手続きは、実際は示談交渉でもできそうですが、権利を盾に、Xは全面的に争ってくると考えられます。
このため、実際は全て裁判手続きによるものとなります。
実務上、IPアドレスとタイムスタンプの確保は仮処分で行います。これはわずかな時間しか保存されていないため緊急性があるため、仮処分となります。
次のステップは通常訴訟を行います。
もっとも、実際は、2つ裁判をやれば良いとは限らず、3つ以上、裁判を行う場合もあると考えられています。
それに加えて、そもそも、SNS事業者が海外事業者の場合、手続が難航したり、通信記録の保存記録が短いため消去されていたという結果に終わることもあります。
通信記録が保存されていなければ、開示はできないと考えられます。
IPアドレスとタイムスタンプを押さえられれば、加害者にたどりつけるわけではなく、IPアドレスをたどって、接続プロバイダに2つの情報を示して、二番目の開示請求をして奏功する必要があると考えられます。

5 2022年改正

2022年改正では、改正の結果、新たな手続きがもうけられました。
すなわち、第一に、「新たな裁判手続き(=発信者情報開示命令事件に関する裁判手続き)」ができ、要するに「仮処分」+「通常訴訟」という部分が「新たな裁判手続き」という非訟で行うことができるようになった。
もっとも、IPアドレスとタイプスタンプの確保は保全で行う必要があるため、非訟手続では間に合わあいリスクもあるかもしれません。

次にログイン型サービスに対応がされた点がポイントです。

これまでは、IPアドレスとタイプスタンプの取得を前提としていたが、実際には、多くのSNSで、個々の投稿のIPアドレスは毎回保存されていないという状況があるといわれています。

保存されているのはSNSにログインした通信のIPアドレスなのだ。このため、改正前では、ログインの際のIPアドレスの開示を認めるかは裁判例も分かれたのである。

そこで、改正法で、ログインの際のIPアドレスの開示請求ができることが明確化されたのだ。

6 侮辱罪の法定刑の引き上げ

従前の侮辱罪の法定刑は、「拘留又は科料、30日以内の身体拘束か1万円未満の財産刑」でした。
例えば、「コロナみたいな顔だ」と女性を飛行機で侮辱した男性に9900円の科料が科された例などがあり、適用もほぼ9900円という現状であった。
このため、2022年改正で、1年以下の自由刑又は30万円いかの罰金・科料へと法定刑が引き上げられることになりました。

公訴時効も1年から3年となり、任意捜査でも捜査が容易になるようになりました。また、侮辱罪で逮捕ということもあり得ることになりました。
侮辱罪に自由刑を設けたことには批判もあります。今後は、表現の自由との調整が必要になる場面も想定されます。

しかしながら、インターネット上の侮辱罪については、本来の侮辱罪の保護法益である「その人の社会的評価」ではなく、「生活の平穏」という住居侵入罪的な保護法益になっているのであるという指摘があります。そのことを指して、ネット上の侮辱は「ストーカーに近い」という指摘もあるのです。
 
今後は、ネット上の侮辱罪は、「サイバーハラスメント罪」などを新設し、構成要件や量刑も別にするのが妥当といえるでしょう。

7 酷くない投稿でも数が多くなると可罰性が出てくることもあります。

一般的な誹謗中傷や個別の侮辱は、罰金を命じるなどのミクロ的解決を目指すことになる。また、ブロックで対応するということも考えられます。
しかし、個々の投稿は果たして違法といえるのか分からない程度のものでも、被害者の心情に圧迫を加えるものが100件も500件も寄せられてしまうと、被害者の心情は極めて重いものになってしまうということも考える必要があります。

8 マクロ対策は、プラットフォーム(PF)に期待できるか

マクロ対策は、正直、PF事業者の「良心」に期待するしかありません。
いわゆるPF研究会では、2022年8月、誹謗中傷やフェイクニュースを含む違法・有害情報への対応として、PF事業者による対応のモニタリングを行った結果をまとめているとのことです。非協力的な態度が通常であるYahoo!、Google、LINE、フェイスブック、ツイッターに詳細な回答を求めているそうです。
PF事業の自主的取り組みの改善に期待しつつ、ミクロ的な解決を重ねていくことが現実的と思われます。

9 増加した誹謗中傷

月並みに誹謗中傷が増加した理由を挙げれば、

  • スマホとSNSの普及で誰もが情報を発信できるようになったこと
  • 価値観同士の衝突の中で誹謗中傷が起きていること
  • 女性蔑視などを主張する先鋭的な表現が誹謗中傷を助長していること
  • 閲覧数を稼ごうというPV稼ぎの増加(アテンション・エコノミーという)
  • GAFAなどPFが日本では適切に規制されず手を付けられなくなっていること

などを挙げることができます。

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